「かまぼこ板マンガ大賞」
地域と共に歩み続けた蒲鉾メーカー「けんかま」。
このたび新工場が完成し、また新たな一歩を踏み出した。
それは同時に、これまで抱き続けてきた大きな夢が叶う時だった…。


スタッフに聞く!

まずは「けんかま」について簡単に説明してくれるかな?

「けんかま」は”魚のおいしい町”須崎を拠点に、発展してきた企業で、市内にあったいくつかの蒲鉾屋さんが合併して誕生しました。昭和30年代のことです。時代の流れとしては、スーパーマーケットの存在がクローズアップされてきた頃です。高知県では、企業の多くは高知市に集中しているんですが、「けんかま」は大きな企業になった今もなお須崎市で蒲鉾を作り続けています。


2000年4月25日、新しい工場ができたんですよね。そのオープンニングの一環としてこのマンガ大賞が開かれたということですけど、誰の案だったの?


実は、社長の「夢」だったんですよ。ものを作る仕事をしながらも、文化に関わる活動もやっていきたいというのが社長の考え。実際、何年か前から他県でかまぼこ板を使った絵画展などが行われていました。社長はそこに寄せられている作品に感銘をうけ、さらに高知らしさを出して、何かできないかと考えていたんです。そこで、「マンガ」を描いてもらおうということになりました。つまり、新しい工場ができて、これからの時代に対応する生産体制が充実した。無添加・保存料なしのおいしく健康にいい会社へと進んでいく中で、同時に文化的なものも発信していける会社を目指していたのです。


かまぼこ板に「まんが」を描くなんて、ちょっとイメージしづらかったんだけど…。そういう人も多かったんじゃないかな。募集に対する心配はなかったの?

そりゃ心配でしたよ。社長の夢でもあったし、「けんかま」にとっても初めての試みでしたから。しかも、「マンガ大賞」の公募発表が新工場のオープン日だったんですよ。今だから言えるんですけど“なんとか成功させないといけない”と本当に必死でしたね。新聞やTVで広告展開も行ったんですが、それでもまだ心配で。デザイン会社や専門学校、幼稚園や小学校などいろんな所にチラシを配りに行きました。


ウンウン、それで、それで…

それが600件もの応募があったんです。感動しましたよ。遠い所では青森県から、それに年代も子供から高齢者までと幅広いものでした。ある小学校のクラスでは、野外学習に選んでくれていました。家族みんなでの共同作品や高齢者の方の手作り作品、若者の感性があふれた作品など様々でした。そこにはアイデアをふくらませたり、家族で話し合ったりというプロセスがあったはずです。



そうか〜。「かまぼこ板」と「マンガ」を通じてのコミニュケーションが何百枚分もあったんだね。

ええ。自分のやってきたこの仕事が、いつの間にか大きく広がっていたことに気づきました。


なんかカッコイイよ!あんた、でっかく見えるぜ!最後に何か一言あれば、このままビシッとヨロシク!

今回この仕事を担当させてもらえたおかげで、目に見えないたくさんの人達と心が通じ合えたようで、本当に嬉しかった。また、こういう機会を与えてくれた「けんかま」の社長並びに応募してくださった、すべての皆様に感謝しています。


 

広告展開


新聞広告[全15段]
(高知新聞H12.4.25)


チラシ(A4)


けんかまホームページ